続きからどうぞ~
猫の、鳴き声がした。
思わず足が止まる。
嫌な予感がした。
たまたま裏庭を通りかかった司馬懿は、眉をしかめた。
辺りを見回してみたが、こんな時に限って誰もいない。
(…気のせいだ)
そう自分に言い聞かせて、再び歩き始める。
…にゃぁ。
また、鳴き声。
悲しげな声が、司馬懿の後を追いかけてくる。
「…」
くるりと振り返って、声のするほうへ向かってみれば、子猫が木から降りれなくなっていた。
木はそこそこ大きいが、けして高いわけではない。
また、幹の凹凸や枝が多いため、木登りをしたためしがない司馬懿でも、十分登れそうだ。
子猫がまたもや小さく鳴いた。
「…あああ!!うっとうしい!」
ひとしきり地団駄を踏んだ後、司馬懿は木を登り始めた。
張コウと徐晃は鍛錬を終えて、散歩がてら裏庭を歩いていた。
張コウがふと物音に気がつき、思わず声を上げる。
徐晃が張コウの視線を辿ると、木の葉の下から紫色の塊がちらちら見えていた。
「あれはたしか…軍師殿…??」
「ええ、先日召抱えられた軍師ですね、たしか…司馬懿殿でしたっけ。」
司馬懿は慣れない手つきで木を登り、どうやら子猫を助けているようだった。
思いがけない光景に、二人は目元を和ませた。
「冷たい印象の方だったのですが、そうでもないようですね。」
「ええ。」
「しかし、彼一人で降りるのは大変でしょう。
ちょっと声を掛けてみましょうか。」
そう言って足を踏み出した途端、ミシリと嫌な音が辺りに響き渡った。
まずい、と思った。
足をかけた枝が、思ったよりも丈夫ではなかったらしい。
一気に支えをなくし、司馬懿は慌てて枝を掴もうとする。
しかし、手はむなしく宙をかき回しただけだった。
(落ちる…!!)
目をぎゅっと閉じて、来るべき衝撃をただ待つだけ。
しかし、思いの外柔らかな震動があっただけだった。
(…?)
おそるおそる、目を開ける。
何故か、見覚えのある顔が、司馬懿を見下ろしていただけだった。
「ああよかった、お怪我はありませんか?」
「こういったことには不慣れでしょうに。
あまり無茶はなさらないで下さい。」
「猫も無事のようですな。」
次々に言葉を掛けられる。
混乱していた頭が徐々に回復し、一部始終を見られた上、助けられたのだと理解した。
顔から火が出る思いがする。
穴があったら入りたい。
唇が、震えた。
「ば…」
「「…??」」
「馬鹿めがーーーっっ!!」
辺りに怒声が響き渡り、思わず張コウと徐晃は身を竦めた。
司馬懿が手足をばたつかせてたので、二人は慌てて彼を降ろした。
大声を出したためか、猫は驚いて司馬懿の手から抜け出し、どこかへと逃げさる。
「何故私がこんなことをしなければならないのだ!!
貴様らが早く来ていれば、こんなことにはならなかったものを!
ええい、忌々しい!
貴様ら、覚えておれよ!」
一気にまくし立てると、呆然とする二人を残して、司馬懿は大股で去っていった。
「えーー…と…」
徐晃ようやく膠着から解け、張コウを見上げた。
張コウはこらえきれない様子で、くすくすと笑う。
「あの人、耳まで真っ赤でしたね。」
「え?」
「素直でないんですね、きっと。」
笑って、張コウは歩き出した。
徐晃は首をかしげながらも、張コウの後を追いかける。
この三人が揃って裏庭を散歩するようになるのは、また別の話。